妙満寺のご紹介

 

妙満寺の歴史

 当地に最初に寺院が建立されてから、現在の妙満寺の寺号となるまではいくつかの変遷があります。
 当山古文書によりますと、平安時代、三善清行という文章博士の孫、和多麿が出家し名を経典(きょうでん)と改名、諸国を行脚し当地に入って天慶4年(941年)に「経典寺」を建立しました。
 やがて、鎌倉時代に入り建久4年(1193年)に寺が破壊したため、11世本妙は寺を再建し「鶴鳥山本妙寺」と号しました。ある日、鶴が飛来し敷地をしきりに突いて鳴くことをやめないため、村人がその場所を掘ってみると大日如来の石仏があり、それが山号の由来となっています。
 その後、本妙寺5世の浄真坊の代の玄應2年(1320年)法華宗に改宗しましたが、13世日寛が遷化(1502年)すると後を継ぐ者がおらず、寺は衰えてしまいました。
 大永元年(1521年)、隣の玉泉寺9世日従は弟子に自分のお寺を譲り、当山に入り「月光山妙満寺」として再興しました。すなわち、この「雲哲阿闍梨日従」が当山の開山上人となります。
 爾来、約500年、22代目の現住職に至るまで法灯連綿として受け継がれ、現在に至っております。

山門

 当山の山門建立は「神林道生(みちお)氏」という方お一人の尊い浄財寄進によるものです。
 氏は十年前には本堂の格(ごう)天井も寄進下さっていて、その際の寄進額も高額でありましたが、この度の山門奉納は「0」が一つ違う額の大寄進であり、今のこの世相の中でこのようなご奇特な方がおられることに驚かされました。住職として氏への感謝の気持ちは言葉ではとてもいい表せないほどです。

 道生氏は子供の頃、生きるか死ぬかの大病をされたそうで私の祖父がなんと枕経に呼ばれ、祖父がお経を読んだら息を吹き返されたという信じられない話をご近所の方から聞かされました。命が助かる代償に体にハンデキャップを負うこととなられましたが、その後強く生き抜かれ現在に至っております。

 氏が山門寄進について最初に私に話された際、「子供の頃、貴方の祖父(先々代住職の大秀院日實上人)にとても可愛がってもらった。そのことが忘れられないから寄進したい」と筆談され、今もなお祖父のことを覚えてくださっているその御心に感激させられ、その時私は「ちょうど翌年は祖父の第三十三回忌に当たるので、その法要と山門落慶式を合わせて奉行し、氏の思いを祖父にお届けしたい」と思いました。

 この度の山門奉納は、当然ですが現住職がしっかりやっているからではなく、先々代の日實上人の威徳あればこそで、今もなお、先々代の威光が当山に輝いていることをまざまざと感じさせられました。三十三年と時を経てもご守護いただいていることに感謝し、偉大なる日實上人へのご報恩のため、私も心を込めて落慶と法要を営みました。
 そして神林道生氏への報恩のために、氏をはじめ檀信徒の皆様、そして一人でも多くの方々から山門をくぐってもらえるお寺にすること。そして俗なる世間から聖なる地に入る境界として山門は存在し、合掌してくぐることによって自分を清め、お参りの功徳がさらに高まっていくという山門の意義をしっかり檀信徒に伝えていきたいと思います。

梵鐘

 当山の梵鐘は、先の大戦の戦時中に国に供出され、それに伴い鐘楼も取り壊されました。戦後、20年以上も過ぎた昭和45年のある日、山梨県のお寺より「妙満寺の寺名が刻まれている梵鐘を当山で預かっている」との連絡が入り、先代住職が訪れ当山の梵鐘であることが確認されました。
 梵鐘は30年ぶりに当山に戻り、年老いた先々代がいとおしく梵鐘を撫でている姿を当時小学生だった私も昨日のことのように覚えています。地方紙にもその姿は掲載され、当時は話題になったものです。
 その後、檀信徒一丸となって鐘楼を建立し、里帰りした梵鐘がつり下げられました。その後10数年、その梵鐘は撞かれましたが、戦時中の混乱からでしょうか、ひびが入っており良い音色は失われていました。
 そこで昭和63年、鐘楼を再建された長濱建設社長の長濱博一氏と世話人の石口定之氏が施主となり、高岡市の老子製作所より新しい梵鐘が届けられました。
 爾来、約30年、当山周辺地域に毎朝6時、梵鐘に清らかな音色が響き渡っております。
 また、大晦日の「除夜の鐘」も多くの方々が足を運ばれ、その後本堂にてお祓いを受け、甘酒・年越しそばも振る舞い、皆さんと賑やかに新年を迎えております。

日蓮大聖人銅像の建立

 平成14年は日蓮宗の誕生(立教開宗)から750年という記念すべき年でした。
 そこで当山に「日蓮大聖人の銅像」を建立しよう発願し、住職と檀信徒がその目標に向かって修行することによって建立したいと決意致しました。

 具体的には、4年間でのべ200日うちわ太鼓をたたきながら歩いてお題目をお唱えし、檀家をまわって浄財を納めていただく住職の修行と、浄財募金箱を檀家に配布し仏壇のお参りごとに小銭を入れていただく檀信徒の修行を行い、その両方の浄財で建立するということを行いました。
 日蓮大聖人の艱難辛苦のご生涯を思うとき、そのご苦労の足下にも及ばぬ修行かもしれませんが、修行に基づく浄財で建立しなければ大聖人に申し訳が立たないし、魂がこもった銅像にならないという思いで住職、檀信徒一丸となって実施致しました。

 そして、平成15年10月19日に念願の「日蓮大聖人銅像建立開眼法要」と「立教開宗750年法要」を営むことができました。凜々しく若々しい(32歳のお姿です)ご尊顔の銅像にお稚児さんや多くの檀信徒と喜び合い、住職にとっても忘れ得ぬ感動の一日となりました。
 銅像の台座下には分骨堂もつくり、すでに100体以上の霊位方が安置されております。毎年秋の彼岸会では、「銅像参り」の法要を行い、大切に守られています。
 当山にお参りの際は、この沢山の魂が込められた日蓮大聖人の銅像を是非ともお参り下さい。

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